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トミーは誰に耳を傾けたのか
The Who「TOMMY」を全曲訳した時、一つ大きな問題があった。
テーマ曲といえる“Listening To You”の歌詞の意味である。
極めて抽象的な歌詞であるため、どのように解釈すべきか悩んだ。
そこでこの曲における「You」とは誰を指すのか考察してみたい。





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あなたに耳を傾けると 音楽が聞こえてくる
あなたを見つめると  心が熱くなる

あなたの背中を追い  更なる高みを目指す
あなたと一緒にいられるのが嬉しいんだ

あなたの後には    永遠の世界が広がる
あなたには       輝かしい栄光がある

あなたがいるから   すばらしい閃きがある
あなたがいるから   物語を紡ぐことが出来る

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これが僕の訳である(48分22秒、72分28秒参照)。
聴く者によっていろいろな解釈が出来る作品なので、
ここでは特定の誰かを指すことは避けた。
しかし「あなた」とは誰なのか、一応僕なりには結論を出している。
(なお、歌い手はトミーであることを前提としている)



自分の解釈を述べる前に、他の解釈を検討してみよう。
まず、作者はどのような立場なのか。
作者とはピート(鼻)である。
彼が「You」について明確に見解を示していないと思われるが、
(僕が知らないだけかもしれない)
当時彼はミハー・ババという人に師事した宗教ライフを送っていた。
このことから彼自身は「You」はババさんを指していると推測できる。
ババさんではなくても、いわゆる「神」を指すとする解釈だ。
確かに宗教臭い歌詞である。
“Amazing Journey”もババさんとの出会いの歌のような気がする。
ピート(鼻)自身にとって「TOMMY」は自分とババさんとの
スピリチュアル(笑)な物語なんだろう。
自分の幼少期がストーリーの下敷きになってるとかいうし。

次に派生作品に触れる。
といっても、映画版もミュージカル版も投げっぱなしなオチ。
「You」が誰なのか描かれることは無かった。
スタッフロールやキャスト紹介に丁度いい曲だしね。
全員の合唱で感動的な幕締め。
もしかしたら「みんな」が「みんな」に対して歌っているのかもしれない。

CD付属の対訳(デラックス・エディション)にも触れたい。
なんとここでは「You」を「お父さん」と訳している。
(ちなみに他のベスト盤では「君」となっている)
拡大解釈であり、対訳としてはかなり冒険している。
しかし、いきなり「お父さん」が出てくるのはいかがなものか。
訳だけ読んでもサッパリな展開である。

他に考えられる説としては「もう一人の自分」である。
しかしこの説だと再び心を閉ざすことになってしまい、
バッドエンドとなってしまう。
どうせならハッピーエンドのほうがいいよね!

以上、「神説」「父親説」「もう一人の自分説」の3点を挙げた。
僕の解釈はこのどれでもない。



最後に僕の解釈を述べる。
が、その前に“Listeninng To You”は
二種類あることに留意しなければならない。
つまり、“Go To The Mirror!”と“See Me, Feel Me”では
“Listeninng To You”の解釈が変わるのではないかということだ。
前者ではまだトミーは三重苦で心を閉ざしたままの状態であるのに対し、
後者は回復したものの信者に見捨てられ再び心を閉ざそうとする場面である。

まず、“Go To The Mirror!”における
“Listeninng To You”の「You」は誰か。
僕は「鏡に映った自分」、すなわち「もうひとりの自分」だと解釈した。
直前にトミーが鏡を覗いていると父親が語っているのであるから、
トミーが歌う“Listeninng To You”の
「You」が鏡に映った自分だとしても不自然ではない。
(動画では両者の顔を出した)
僕はトミーを「精神的引き篭もり」として描いた。
自分だけの世界を提供してくれる「もう一人の自分」に対し、
「あなたに耳を傾けると 音楽が聞こえてくる」と歌ったのだ、と。



では、“See Me, Feel Me”における
“Listeninng To You”の「You」は誰か。
僕は「トミーの父親」だと解釈した。
あんなに批判したくせに対訳の説と同じじゃねーか!と突っ込まれそうだが、
あながち「父親」説も悪くないのだ。
(だが対訳では“Go To The Mirror!”も「お父さん」となっている)
なぜここで父親が出てくるのか、がこの説の大きな疑問となるが、
結末に至るまでの父親の動向を考えると
この説が正しいようにも思えてくる。
以下に僕の解釈した「TOMMY」における父親の動きをまとめる(動画参照)。
①戦争に出て行方不明になる
②数年後帰宅するも妻が浮気をしていた
③激昂した彼は浮気相手を殺す
④現場を息子のトミーに見られてしまう
⑤焦った夫婦はトミーの口封じをするものの三重苦になってしまう
⑥インチキ行商人にトミーを治してもらおうとする
⑦ジプシーにクスリの力で治してもらおうとする
⑧トミーをアーニーおじさんに預けるのが少し心配
⑨トミーを治せそうな医者を見つけて診察させる
このように、トミーと一緒にいる場面が多いのだ(⑥や⑦は拡大解釈だが)。
トミーが三重苦になったのは自分が原因(③④⑤)だと思い、
⑥⑦⑨のような行動に出たのだと解釈できるのだ。
しかしこれらの行為でトミーは治ることは無かった。
何度も「トミー、聞こえるかい?」と呼びかけても声は届かず、
逆にトミーは「僕を見て、僕を感じて」と心の叫びをあげる始末。
(“Christmas”参照)
三重苦状態のトミーと父親の心は遠く離れていた。
トミーが三重苦から開放されても、
トミーは暴走し始めるので父親はトミーの視界に入っていないだろう。
しかし最後の“See Me, Feel Me”はどうだろう。
自分を慕っていた者達に裏切られたという気持ちがトミーにはあっただろう。
「僕を見て、僕を感じて」と声を出したのかもしれない。
その叫びは父親の耳に入ったのかもしれない。
そして父親はトミーに手を差し伸べたのかもしれない。
そこでトミーは初めて父親の愛に気づいたのかもしれない。
(動画では差し伸べる手とそれにつかまる手を出した)
ここで初めて二人の心が繋がったのではないか。
誰にも愛されないと思っていたトミーは父親の愛に対し
「あなたを見つめると 心が熱くなる 」と歌ったのだ、と。

強引な解釈ではあるが、
感動的なオチがつけられる説である。
しかしこの説、唯一にして最大の欠点がある。
それは「人殺しに耳を傾ける歌になってしまう」ということである。
こりゃまずい。しかも自首してなさそうだし。

父親説があるなら母親説はどうよ、って意見が出てきそうだが、
ピート(鼻)作品で描かれる母親は一貫して「敵」なのでこの説は難しい。
(“I'm A Boy”“The Real Me”“Squeeze Box”参照)
「TOMMY」においても夫の帰りを待たずに浮気したり
息子の心の拠り所である鏡を割ったりしている。
(前者は仕方ないし後者も結果としてトミーの回復に繋がったけど・・・)
一方ピート(鼻)の描く父親は「味方」である。
(“Pictures Of Lily”参照)



動画では「鏡の中の自分&父親説」に立って“Listeninng To You”を解釈した。
しかし自分がそのような立場であることは表に出さないようにした。
最初に述べたように「TOMMY」は
聴く者によっていろいろな解釈が出来る作品なので、
自分の解釈を押し付けてはいけないと思ったからだ。
だから最後の“Listeninng To You”では訳詞のみを載せた。
実は最後は親子が肩を組んだAA(やる夫とやらない夫が肩を組んだAA)で
終わらせるつもりでいたが、前述の理由でやめたという経緯がある。
最後の最後で急に投げっぱなしのオチになってしまったのは
とても申し訳なく思うのだが、
僕のようないちファンが「これがTOMMYのオチだ!」なんてできない。
これも数ある解釈の中の一つに過ぎない。



“Listening To You”はとても短い歌詞である。
しかしこのように多くを語ることができる深い曲である。
そして「TOMMY」という作品もまた広い世界を持っている。
「TOMMY」を聴いてどのような世界を思い描くかは人それぞれ。
僕の解釈がみなさんの築く世界に役立てば幸いだ。

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テーマ:音楽的ひとりごと - ジャンル:音楽

【2009/05/27 19:38 】
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